ものを作り出す仕事の魅力
弟子入りして間もないある日、観葉植物ポトスの葉っぱを1枚ちぎって、スケッチするよう言われました。当時小生意気だった小僧は、予備校でスケッチなどを少しかじっていたので、「馬鹿にしているのか」と感じつつ、すぐに描き終え渡すと、「よく見て描け」と戻されました。描いても、描いても、何度描いても同じでした。「鉛筆をとがらせて、陰のない線だけで描き直せ」、「葉っぱ1枚を時間がかかってもよいからもっとよく見て描け」と。柴﨑始が多摩美術大学美術学部に在籍し、安田靫彦(やすだゆきひこ)先生に師事していたとき、慣れないうちは相手をよく観察して描くように言われたそうです。花だったら、触れて臭いを嗅ぎ、茎は切って断面を見て、と。それを知ったのは弟子入りして1年以上がたった頃でした。
師匠は硬い材質の木を好まれ、ローズウッドやゼブラウッド、黒檀(こくたん)、チークなどの素材を好んで用い、硬い木の塊から奇麗な形を彫りだし、その木の美しさをオイル仕上げで表現することを好みました。鑿や小鉋でだいたいの形を刳(く)り出し、次にカーブに割ったガラスの角で削ります。最後に紙やすりで、目の粗いものから順に細かい番手に変えて磨き上げていく仕事です。硬い木の質感と美しいフォルムが特徴で、派手な世界は好まず黙々と仕事をするタイプでした。
3年間の修業中は、習っているやり方しか知らず、他に目を向ける余裕もなく過ごしていました。修業を終えてから他の世界の仕事を見るようになったとき、そこでのスタイルがいかに特別であったのか、初めて気がつきました。
大きな木の塊を、彫りたい部分に電気ドリルでいくつか穴を開け、お湯に浸しては丸鑿や小鉋で彫り削っていく。先に書きましたように、その上からガラスで仕上がり近くまでの作業をするやり方を他で見たことがありません。柴﨑始が師事した青峰重倫(あおみねしげみち)は、1950年代から80年代にかけて日本の木工芸の世界に独特なフォルムで存在感を示した孤高の作家であり、彼はそのただ1人の弟子でした。私がものを作るときの考え方は、彼に師事していた時代に大きな影響を受けたと思っています。さまざまな教えを受けましたが、中でも一番大きな柱は、「自分がなぜものを作りたいのか自問自答し、ものを作り出すための技術や組み立て方などは常識にとらわれな い」ということでした。
ならば、必然的に基本となるスケッチを丁寧にしておく、さらには自分を豊かにすること。豊かにするのはどうすればよいのでしょうか。友人の漆器の展覧会を見に行くことでしょうか。それも大事なのかもしれませんが、良い絵や音楽を聴くことだと思います。特に若い人には重要です。
多くの作家志望の若者がこの世界の門をたたくとき、クリエーティブな仕事をしたいと考えているのだと思います。クリエーティブな仕事は、技術から生まれるものではありません。作り出す人の中にある豊かさが重要です。その人の中にある豊かさが作り出された仕事の結果に表れ、見る人の感動を呼び、心安らぐ印象を与え、ついには作品を身近に持っていたいと感じさせてくれるのではないでしょうか。もちろん、これらは私の勝手な意見ではありますが…。
師匠は硬い材質の木を好まれ、ローズウッドやゼブラウッド、黒檀(こくたん)、チークなどの素材を好んで用い、硬い木の塊から奇麗な形を彫りだし、その木の美しさをオイル仕上げで表現することを好みました。鑿や小鉋でだいたいの形を刳(く)り出し、次にカーブに割ったガラスの角で削ります。最後に紙やすりで、目の粗いものから順に細かい番手に変えて磨き上げていく仕事です。硬い木の質感と美しいフォルムが特徴で、派手な世界は好まず黙々と仕事をするタイプでした。
3年間の修業中は、習っているやり方しか知らず、他に目を向ける余裕もなく過ごしていました。修業を終えてから他の世界の仕事を見るようになったとき、そこでのスタイルがいかに特別であったのか、初めて気がつきました。
大きな木の塊を、彫りたい部分に電気ドリルでいくつか穴を開け、お湯に浸しては丸鑿や小鉋で彫り削っていく。先に書きましたように、その上からガラスで仕上がり近くまでの作業をするやり方を他で見たことがありません。柴﨑始が師事した青峰重倫(あおみねしげみち)は、1950年代から80年代にかけて日本の木工芸の世界に独特なフォルムで存在感を示した孤高の作家であり、彼はそのただ1人の弟子でした。私がものを作るときの考え方は、彼に師事していた時代に大きな影響を受けたと思っています。さまざまな教えを受けましたが、中でも一番大きな柱は、「自分がなぜものを作りたいのか自問自答し、ものを作り出すための技術や組み立て方などは常識にとらわれな い」ということでした。
ならば、必然的に基本となるスケッチを丁寧にしておく、さらには自分を豊かにすること。豊かにするのはどうすればよいのでしょうか。友人の漆器の展覧会を見に行くことでしょうか。それも大事なのかもしれませんが、良い絵や音楽を聴くことだと思います。特に若い人には重要です。
多くの作家志望の若者がこの世界の門をたたくとき、クリエーティブな仕事をしたいと考えているのだと思います。クリエーティブな仕事は、技術から生まれるものではありません。作り出す人の中にある豊かさが重要です。その人の中にある豊かさが作り出された仕事の結果に表れ、見る人の感動を呼び、心安らぐ印象を与え、ついには作品を身近に持っていたいと感じさせてくれるのではないでしょうか。もちろん、これらは私の勝手な意見ではありますが…。
「UTSUROI」本間幸夫の漆の仕事 より